• Sommelier 小前 岳志

最後の話し相手

人見知りなのだという。喜怒哀楽を表に出す方でもない。それでいて、すぐ頭に血が上るし負けん気も強い。かつてのサッカー仲間がカウンターに立つ姿を見たら「お前が? となるでしょうね。ガサツなのに、と」

本質は変わらないが影を潜めた。「先輩の受け売りですが」とていねいに前置きをして言葉をつなぐ。「バーテンダーは、気持ちの行き場をなくした人が最後に選ぶ話し相手。いろんなものを受けとめて、ときには意見する。懐の深さが求められるんです」

植えつけられた矜持

「歳とともに変わった」のは在り方ばかりではない。バーテンダー、ソムリエと専門をひろげ、ステップアップするごとに師となる存在が現れた。20代半ばから18年間を過ごした『アラン・シャペル』で植えつけられた矜持は、なおも息づき行く手を照らす。

伝説となったその店には日本全国から食通があつまった。「わかりません」は看板を貶める。給料の何割もが専門書に取って代わった。食材はもとより、31階の店から望む建物については「一体何なのか」足を運んででも確かめた。

「電車で本を読むなんて、もったいないことをするな」と言われ、他人の会話に耳をそばだて、車窓からの景色に目を凝らすようにもなった。巷の情報に興味を持ち、いつでも話ができるようにした。いまでも車内で携帯を触ることはない。

モンブランのボールペンは初めてのボーナスで。ソムリエナイフは昇進祝いでお客様から贈られた

すべての教えを胸に

師の幾人かは鬼籍に入り「永遠に超えられなくなってしまった」。未だその域には遠く及ばず「山の何合目にいるのかもわからない」と嘆息する。

それでも歩みを緩めないのは、生来の負けん気か。親には「見たら退がるな、掴みにいけ」と育てられた。これまでの教えを胸に、今日もグラスを置く。
PROFESSIONAL
  • Maître d’Hôtel
    檜山 和司
  • Chef
    田中 耕太郎
  • Sommelier
    小前 岳志
  • 料理長
    島 武行