私は製菓専門学校を卒業し、大阪にあるホテルに入社しました。製菓部を受けましたが採用されて配属されたのは鉄板焼きでした。同じ年に製菓部を受けた人は4人いましたが、私を含めた3人は製菓部以外に配属されました。配属先の部署を聞いて辞めた人もいました。私も入社3日目で辞めようと思いましたが、意地もあったので思いとどまりました。
鉄板焼きを1年経験した後は、フレンチを8ヶ月経験しました。その後は、宴会、洋食の肉場を担当し、続いて魚場で魚を捌くなど、様々な調理を担当しました。
7年目にやっと製菓部に配属されましたが、「2年目からは1年間、パンを担当する」というルールがあり、半年後からパンを担当しました。しかし、パン専門の部署で勤務するのではなく、製菓の中でパンを担当するということでした。片手間でやるような中途半端な感覚があり、私はそれが嫌で、パンの基本を、知人のパン屋さんで勉強させてもらうことにしました。日本でもトップクラスと言われるパン職人のもとで修行した方がオープンしたお店で、夜中12時から朝5時まで勉強し、6時からホテルで仕事をするという生活を1年間続けました。その後、製菓に戻る機会もありましたが、パンを学び、理解してくると、面白くなってきて戻る気になれず、パンを続けました。
このような前職での経験が、今の私の原点です。料理を一通り経験したことがル・パンのメニュー開発にも活きています。私は「こうなりたい」と思ったとおりにキャリアを積んできたわけではありません。様々な経験の積み重ねが今の私を形作っています。
転職したのは、シェフに誘っていただいたからです。私には将来、自分の店を持ちたいという夢がありますので、レジ打ちや接客の経験もしたいと思いラスイートに入社しました。また、ル・パン神戸北野は若いスタッフが多いと聞いたことも、動機の1つです。幅広い年代のスタッフと一緒に、刺激を受けながら働きたいと思いました。
入社後は、経験したことのないことばかりでした。テレビやラジオなどのメディア対応は非常に戸惑いましたが、勉強になることもありました。
新商品の開発も初めてです。前職で作っていたのはホテルのパン、宴会のパンだけでしたので、お客様に直接販売するパンを作るのは初めてでした。例えば日替わりのお勧めパンは、3ヶ月ごとに5品、6年間続きましたので100種類以上は作りました。どういうものが売れるパンなのか、最初は想像できませんでしたが、お客様の声を聞きながら学んできました。
季節感のある食材を使って、原価も考えながら、お客様に食べたいと思っていただけるパンを作ることは至難の業です。しかも作る工程が複雑過ぎると量が作れませんので、ある程度簡単に作れるものである必要があります。「売れる」と思って作ったものが売れなかったり、「そこそこかな」と思ったものが大ヒットしたり、自分の感覚とお客様の感覚に違いがあるということが面白いし、勉強になります。
最近の楽しみは、自分自身で作ることよりも、スタッフが成長することです。新しい商品を作るときは、私だけではなく、全スタッフにも作らせて競います。次はこうしよう、ああしようと考えて、みんなで作ることも楽しいです。
本来パン作りの楽しさは、自分で考えて作ることにあります。30年前は簡単に調べる術はなく、自分の足で歩いて経験するしかありませんでしたが、今はインターネットで調べれば簡単に情報が手に入ります。しかしそれでは、自分が考える前に、頭の中に勝手にイメージができあがってしまうのです。
経験をもとにアイデアを練って出てきたものは、たとえすでに同じ物が世の中にあったとしても、それを作った人独自のものです。パン作りとは本来、芸術作品を作るようなものだと私は考えています。一緒に働く方々にもそれをわかってもらえれば嬉しいです。
ル・パンの魅力は、試作やコンクールに打ち込める環境があることです。ル・パンには、私が来る前からコンクールの受賞者がいます。他のホテルのように、設備を使うために申請を出す必要がありませんし、チャレンジを応援する環境、雰囲気があります。そのような取り組みが全て成功に結びつくわけではありませんが、失敗をしなければ学べないこともあります。今日成功したことが、明日も成功するとは限りません。天候によっても変わりますし、妥協しなければならないこともあります。そういうことを毎日考えていると、仕事が面白くなってきます。