小学生の時、両親にホテルのレストランに連れていってもらった。それがホテルマンを目指した原体験だ。一流の接客に触れ「ああ、すごいなと思った」ことは、大人になってからも心に残っている。新卒で就職したホテルニューオータニ大阪では宿泊部を志望したが、配属されたのはフランス料理のレストラン。だがそこでソムリエという職業に出会ったことが、その後のキャリアに大きな影響を与えた。「かっこいい」と憧れ、自身もそうなるべく猛勉強を開始。合格率30%から40%というソムリエの資格取得を実務経験を積みながら独学で成し遂げた。
ただし、資格を取ったからといってすぐにソムリエとして活躍できるわけではない。特に上出が所属していたのは、コンクール日本一受賞者や世界大会出場者などを多数輩出してきた名門。一流のソムリエを目指して入社した猛者たちがしのぎを削る世界で、その役割を任されるまでには5年の月日を要した。「料理に合わせて自分で選んだワインをお勧めするという自分発信の仕事。ワイン好きの方がお客様になっていただけるなど、それまで以上に"サービスをしている"という実感がありました」と当時を振り返る。
だが、ソムリエというポジションにこだわりはない。目指していたのはホテルマン。それはソムリエになってからも変わることはなかった。完全分業制だった前職を辞して、ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド開業時のラスイートに入社。ソムリエからスタートし、レストランのマネージャー、シェフソムリエを経て、現在はエグゼクティブシェフソムリエとして、グループ全体の料飲の発注や在庫管理、販促などを一手に担う。「大切にしてきたことはお客様に喜んでもらうこと。"美味しかったな""楽しかったな"と思っていただくことが一番です」。そのために顧客を観察し、雰囲気から好みを読み取る感覚を研ぎ澄ませてきた。
立場が上がるにつれて現場に立つことは少なくなったが、「喜んで帰っていただきたい」という想いに変わりはない。「特にホテル ラ・スイート神戸ハーバーランドのレストランは、非日常的な空間を提供するレストランです。価格も含めて頻繁に利用できるような店ではありません。お客様が特別な時間を過ごすお手伝いが魅力ですし、だからこそ最高の時を演出してあげたい」。ワインの仕入れ、ドリンクの提案、フェアの企画など、全ての業務の原動力は「いかにお客様に喜んでもらえるか」という想いだ。マンネリズムに陥らないよう常に新規性、独自性のあるアイデアを探す。それは現場で直接顧客にサービスを提供するスタッフのモチベーションも左右する。
今後のビジョンを問うと次のように答えた。「料飲だけ、レストランだけではなく、宿泊を含めてホテル全体が盛り上がることを考えられたら面白い」。視線の先にあるのは、あくまでもホテルを訪れる顧客が喜ぶ顔だ。
入社して19年。実はその間に2年ほどラスイートを離れ、戻ってきたという経緯がある。大手を含めて複数のホテルを経験した上出が感じるラスイートの魅力は、部署を超えた人のつながりと、個人が活躍できる範囲の広さだ。配属先は違えど顔が見える距離感で、お互いにカバーし合いながらサービスが提供できる。また、マニュアルやポジションに縛られず、個人が自由に力を発揮できる。それは縦割りの、型にはまった融通の利かないサービスではなく、顧客に合わせて柔軟なサービスを提供する"サービスフリーダム"というラスイートのコンセプトを実現する上で必須の要素だ。
積極的に機会を与える環境もある。「例えば新入社員の場合、電話対応、会計、接客など、実践の機会が数多く与えられるため、同じ業界の同年代と比べても成長は早いはずです」。幅広い業務を経験することで、自身の興味の対象や適性に気付き、チャレンジ精神が呼び覚まされる。また、明確な目標を持ち、研鑽を積むことがホテルマンとしての成長に繋がる。それは偶然にもレストランに配属されたことをきっかけにソムリエを志し、試行錯誤を繰り返しながら現在地に辿り着いた上出自身の実感だ。
大阪府生まれ。大阪のフレンチレストランでソムリエとして修業を重ね、2023年よりホテル ラ・スイート神戸ハーバーランドのシェフソムリエを務め、2024年よりエグゼクティブ シェフソムリエ。
一般社団法人日本ソムリエ協会(JSA)認定ソムリエ・エクセレンス(旧シニアソムリエ)。
NPO法人チーズプロフェッショナル協会認定チーズプロフェッショナル。